2009年6月9日
IDC Japanでは、シンクライアント専用端末出荷台数および市場規模について発表した。シンクライアントは、仮想化、サーバなどに関連したIT技術の進歩と相まって、その方式やソリューションも急速に発展し、多様化している分野である。ここでもう一度、シンクライアント技術について見直してみる必要があるだろう。 今回は、IDC Japan PCsシニアマーケットアナリストである渋谷寛 氏に、シンクライアントの市場動向、導入のメリットと課題、関連するベンダなどについて伺った。
-シンクライアントとは何ですか?
どのようなシステムをシンクライアントと呼ぶかはベンダによって様々です。イメージとしては、それぞれのクライアント端末がサーバと接続されており、クライアント側には必要最低限のソフトウェアのみがインストールされ、ユーザはクライアント端末からサーバにアクセスすることで、サーバ上で管理されているデスクトップイメージやアプリケーションなどのリソースを利用することができ、データはクライアント側のハードディスクやメディアなどには保持せずに、サーバ側に保存するというシステムです。IDCでは、次の3つの条件を満たしているものをシンクライアントと定義しています。
ここで、入出力の処理はクライアント側で行いますが、演算処理についてはサーバ側で実行するものと、クライアント側のメモリ領域に一時的にデータをダウンロードして実行するものとに分かれます。ベンダによっては、前者のみをシンクライアントと呼んでいますが、IDCではどちらの場合もシンクライアントと定義しています。後者のように、クライアント側で演算を実行する方式のシンクライアントは、特にネットブート型と呼ばれています。
これ以外に、アプリケーションがクライアント側にあり、データはサーバ側に保存するという形式のものをシンクライアントと呼んでいるベンダもありますが、それはIDCではシンクライアントの範疇に含めておりません。また、USBキーを利用してシンクライアント環境を構築する方式もあります。これはシンクライアント専用端末を導入するのではなく、既存のPCにUSBキーを差してサーバに接続することによって、そのときだけシンクライアントと同様のセキュアな環境を実現するというものです。IDCではこれをシンクライアント化端末と呼び、シンクライアントとは別のカテゴリとして扱っています。
-シンクライアントの種類について教えてください?
一口にシンクライアントと言っても、利用している技術によっていくつかの方式に分類されます。主なシンクライアントの方式として、次の5つが挙げられます。
- ・SBC型
- ・仮想PC型
- ・ブレードPC型
- ・ネットブート型
- ・ポイントポイント型
SBC型はサーバ上のデスクトップイメージやアプリケーションを、複数ユーザがマルチユーザ方式で共有するものです。これまで主流であった方式で、現在でも約70%のシェアを占めています。これに対して、仮想PC型とブレードPC型は、個々のクライアントに対応したOSをサーバ側が持っている形式です。仮想PC型はそのようなサーバ上にある複数のクライアント環境をソフトウェア的に集約した方式であり、ブレードPC型はブレードPCでハードウェア的に集約した方式です。SBC型には、アプリケーションの互換性や検証に手間がかかるなどの課題がありましたが、仮想PC型、ブレードPC型が登場したことにより、その課題はある程度クリアされるようになりました。
ポイントポイント型は最近表れたもので、ビジネスモビリティに適した方式です。これは、ユーザが自席のPCを立ち上げたまま外出し、モバイルで外からアクセスすることで、そのPC画面が転送され、遠隔操作ができるというシステムです。モバイルでシンクライアント形式を持ち歩くイメージで、日立製作所や日本HPをはじめ、多くのベンダーが提供しています。
-シンクライアント市場の動向について教えてください。
シンクライアントソリューションの市場規模は、2008年における実績値で296億円、2013年には1,000億円に達すると予測しています。専用端末の出荷台数については、2008年の実績値は11万9,000台で、2013年における予測値は38万2千台です。ただし、これらの数値の中には、USBキーを利用したシンクライアント化端末については含めておりません。シンクライアント化端末を含めると、専用端末の出荷台数の2008年における実績値は20万1千台で、2013年の予測値が46万8,000台となります。
この数値を見ると、シンクライアント化端末は、専用端末ほど市場が拡大していないことがわかります。既存の端末を利用することによるコストメリットを期待されていたシンクライアント化端末は、当初考えられていた以上にサーバシステムの構築に必要な費用が必要ということもあって市場は伸び悩み、フラットに推移している状況と言えます。
産業分野別に見ると、特に金融、ITサービス、製造の3分野がシンクライアントの導入率が高くなっています。まず、セキュリティを重視する金融系では、導入が進んでいると考えられます。ITサービスでは、将来的にホスティングサービスも視野に入れて、シンクライアントについて自ら検証するために導入しているところもあります。製造業は一般事務、工場、開発、研究、コールセンターなど、多種多様な部門が存在する産業分野であり、それらの各部門の業務に対応したシンクライアント製品が増えてきたことにより、導入が拡大したと考えられます。また、オフショア開発での利用や、拠点が分散している場合などの運用管理に適していることも、導入が広がった理由と考えられます。
この3分野に続いて、大学などの教育機関である文教関係での導入も進んでいます。特に文教関係ではネットブート型での利用が多くなっています。演算処理をローカルのメモリ上で行うことで利便性の高い環境を作ることができること、またクライアント環境を再起動することですぐに新しい環境を用意できることなどから、大規模な環境での管理に適しているのがその理由と言えます。さらに最近では、自治体、医療関係においても導入が進んでいます。
-シンクライアントの導入メリットは何ですか?
まず、現在のクライアント環境における課題について考えてみましょう。クライアント環境の課題は、大体、次の6つの項目に集約することができます。
これらの課題を解決するためのソリューションとしてシンクライアントが当てはめることができ、それはすなわちシンクライアントの導入メリットにつながります。ただし、どの課題を解決したいのか、あるいは何を優先したいのかによって、導入するべき製品、ソリューションは変わってきます。「とにかくセキュリティを重視したい」、「セキュリティはある程度担保しながら、TCO削減を考えたい」、「営業利用のためにビジネスモビリティを優先したい」といった優先順位を考え、それに適した製品、ソリューションを選択する必要があります。
ここで、セキュリティを重視すれば利便性が失われたり、コストも高くなります。また、モバイルシンクライアントを導入すれば情報漏えい対策になりますが、通信がつながらない場所では、モバイル本体には情報を保持していないためにデータを利用できなくなるなど、何かのメリットを優先すれば、それに伴って我慢しなければならないことも出てきます。課題解決の優先順位は、そのような点も含めて検討しなければなりません。
グリーンIT、BC(Business Continuity:事業継続)/DR(Disaster Recovery:災害対策)は、中長期的な課題です。シンクライアント端末を導入することで消費電力や発熱量の削減、消音化を図ることができることや、会社の環境をセキュアな状態で外部から利用できるため、在宅勤務やオフショアなどにも適していることがメリットとして考えられます。また現在のインフルエンザ流行などのパンデミック対策としても有効です。以上の理由としては、クライアント端末にはデータを保持せずに、サーバー上で保持することによって、時間、場所を問わず、均一なリソースを利用できるというシンクライアントの特性からくるものです。このように、環境対策や、事業形態、経営形態、社会環境の変化への対応、可用性の向上など、中長期的な視点での戦略としてシンクライアントを捉えることもできます。
-シンクライアント導入における課題は何ですか?
シンクライアント導入の課題は、次の4つに集約されると考えています。
まず、シンクライアントシステムの場合には、初期投資額はPC環境と比べるとどうしても膨らんできます。もちろん運用保守の面でコストメリットがありますので、長期的(3~4年)に見積もればトータルコストは削減できるのですが、大きな投資に踏み切るには決断が必要になってきます。
次に、シンクライアント導入を促進する担当者が、経営者や現場のエンドユーザをどのように啓蒙していくかという、人為的課題(ヒューマンリスク)があります。経営者に対しては、費用対効果、セキュリティ強化など、現在その企業が抱えているクライアント環境の課題を解決できるという面でメリットがあることを説明する必要がありますし、エンドユーザに対しては、シンクライアント端末導入によって利便性が落ちるイメージがありますので、それをどう説得するかという問題もあります。また心理的側面として、漠然とした不安もあるものです。
システムの課題というのは、ハードウェアや標準アプリケーションの親和性、適応性の問題です。既にお話ししましたように、仮想PC型とブレードPC型では、ある程度アプリケーションの互換性や検証にかかる手間の問題が解消されましたが、現在でも大きなシェアを占めるSBC型ではそのような課題がありました。また大手企業ほど、標準製品ではなくカスタマイズしたアプリケーションが存在します。このような作りこんだアプリケーションをシンクライアント環境に移植した時に稼働するかどうかといった課題は残っています。
最後に、仮想PC型は今後主流になってくると予想されますが、システム環境がかなり複雑になるために、特に新製品では安定性、信頼性などが問題となります。このような製品の運用には、どうしても不安があるでしょう。仮想化製品といっても様々な製品、方式、技術があり、それぞれが抱えている特長、課題は異なりますので、それをある程度ユーザ側が理解していく必要があると思われます。
-シンクライアントに関連した主なプレーヤーと、その戦略について教えてください。
シンクライアントの専用端末を製造しているハードウェアベンダとして、日本HP、ワイズテクノロジー、NEC、日立製作所、富士通、サン・マイクロシステムズなどを挙げることができます。ここで、ワイズテクノロジーは端末だけの専門ベンダですが、他のベンダはサーバも提供しています。システム構築を専門に手掛けるソリューションベンダにはIBM、CTCテクノロジー、NTTデータがあります。また、ハードウェアベンダとして挙げた日立製作所、日本HP、NEC、サン・マイクロシステムズなどは、同時にソリューションも提供しています。
仮想化ソフトウェアベンダとしては、VMware、シトリックス・システムズ、マイクロソフト、レッドハットが代表的です。ここで、サン・マイクロシステムズはソフトウェアも提供しており、サン・マイクロシステムズは端末、ソリューション、ソフトウェアと一番多岐に渡ったサービス展開を行っています。主な通信事業者はKDDIとNTTコミュニケーションで、ソフトバンクが参入を発表しています。ホスティングサービスではNTT ITと日立製作所ソフトが知られています。インテルはCPUの仮想化技術vProを提供しています。
NEC、富士通、日立製作所などは、国内の大手企業に対して、端末ではなくサーバ製品からシンクライアントの提案を行っています。日本HPはパートナーを多く抱え、パートナー戦略を駆使して販売を行っており、大手から中堅中小企業まで、広いターゲット層を持っています。
ワイズテクノロジーはシンクライアントという言葉を創出した企業で、世界シェアでは2006年までナンバー1を誇っていました。端末の専用ベンダで、その端末で使用するソフトウェア技術(Wyse TCX)を強みとしています。このソフトウェアによって、シンクライアント環境では制限されるなめらかな動画再生やUSBキーの利用などが可能となり、またマルチメディア対応となってスカイプなどの音声も利用できるようになります。ワイズテクノロジーは、ソフトウェアと端末をベースとして、色々なハードウェアベンダやソリューションベンダと提携して販売を行う戦略をとっています。
中堅中小企業に特化した製品はあまりありませんが、例えばNcomputingを挙げることができます。これはエルザジャパンが日本の代理店として販売している、小規模(10~60台)なシンクライアント環境を提供する製品です。通電するだけですぐに端末が立ち上がるなど、扱い易く、低価格であるのが特長です。
-最後に、シンクライアント導入を考える中堅中小ユーザ企業へ、メッセージをお願いいたします。
先ほどご紹介した、クライアント環境の6つの課題を検討し、その中で自社が重視すべき条件を絞り込んで、優先順位は何かということをよく考え、その上でどれがその要件を満たし自社に相応しい製品であるかを決めていくのがよいと思います。ただ、その課題に対してどの製品・ソリューションが要件を満たしているかは、かなり調査をしないとわからないため、ベンダによく相談して一緒に考えていくのがよいでしょう。シンクライアントのメリット、社内環境、導入の課題などをつきあわせて、どこを落とし所とするかが重要なところだと思います。
また、シンクライアントのシステムは、IT技術の発展に伴って進歩の著しい分野です。シンクライアントを何年か前に、一度検討をされた企業も多いと思いますが、以前とはだいぶ状況が変わっていますので、もう一度検討されることをおすすめいたします。それから、デスクトップ環境のホスティングサービス(DaaS)もこれから始まると思われます。シンクライアント導入時の課題の1つである初期コストを削減できますので、こちらも検討されるとよいのではないかと思います。












