2009年5月19日
矢野経済研究所では、SaaS・クラウドコンピューティングの動向調査を発表した。主に国内大手SIerのクラウドコンピューティング参入動向を調査するとともに、ERPソリューションにおけるクラウドコンピューティングの市場規模について予測を行った。 今回は、同社の上級研究員である忌部佳史氏に、クラウドコンピューティングの市場動向、特徴、メリットについて伺った。
-クラウドコンピューティングとは何ですか?
クラウドコンピューティングというのは、インターネットを雲(クラウド)に見立て、その雲に接続すれば、サーバ側のリソースを意識することなく、ITサービスを利用できるという環境を意味しますが、まだ明確な定義がなされていないのが現状です。
クラウドコンピューティングをより具体的に捉えるために、アプリケーション(SaaS)と、プラットフォーム(PaaS)と、インフラクトラクチャ(HaaS、LaaS)の3つの層に分けて考えるのが一般的です。ここで言うアプリケーションとは通常、業務アプリケーションにあたるもので、そのアプリケーションを、ネットワークを通じてサービスとして提供する形態のことをSaaSと呼びます。プラットフォームは動作環境、開発環境、認証システムなどのアプリケーションの基盤となるものを指しPaaSと呼ばれます。また、インフラクトラクチャというのはCPU、ハードディスクドライブなどハードウェアに相当するものでHaaSなどと呼ばれています。
現在、Googleの「Google Apps」、Microsoftの「Microsoft Online Service」、Salesforce の「Salesforce CRM」、またAmazonの「Amazon EC2」「Amazon S3」などが、クラウドコンピューティングの1つの形態としてサービスが提供されています。例えば、情報系のシステムを提供する「Google Apps」などは、アプリケーションに相当するサービスであり、業務アプリケーションの構築ができる「Force.com」はプラットフォーム、仮想サーバ環境を提供する「Amazon EC2」はインフラストラクチャに相当するサービスと捉えることができます。
クラウドコンピューティングにおけるPaaSやHaaSは、従来でいうホスティングサービスを想定すればいいでしょう。ホスティングサービスが、いままで以上に低価格・短期間、また高いスケーラビリティを持って利用できるサービスというイメージです。ホスティングに代わるサービス形態として、今後利用されるケースも増えてくると考えられます。
-クラウドコンピューティングの市場規模、成長率の推移について教えてください
クラウドコンピューティングの市場は、あらゆる分野にまたがっているため、全体の市場を把握するのは困難です。ただ先ほどお話ししましたように、サーバホスティング型のシステム利用の延長線上にある形態として、クラウドコンピューティングが普及していくことが考えられます。その1つの例として、ここではERPソリューションに着目した調査を行っています。
今回、ERPソリューションをネットワーク経由で利用する形態について利用状況を調査し、市場規模の推移について予測を行いました。ユーザアンケート調査によると、ERPソリューション市場全体における、SaaS・クラウドコンピューティング市場の構成比は、2008年では約3.6%、市場規模は213億円という結果が出ています。ただし、このSaaS・クラウドコンピューティング市場の中には、ERPソリューションをネットワークで提供しているものすべてを含めています。その中には、ホスティングサービスを活用した従来型のASP 利用も含まれます。
将来の動向を推定したのが次のグラフです。2012年にはERPソリューション市場におけるSaaS・クラウドコンピューティング市場の構成比は約11%となり、市場規模は691億円になると予測され、さらに2016年には、構成比28%、金額ベースで1,770億円に達すると見込まれます。
-クラウドコンピューティングの対象となるアプリケーションについて教えてください。
クラウドコンピューティングの対象となるアプリケーションを考えるにあたって、ユーザにとってそれが“競争力の源泉であるか”ということと、“ミッションクリティカルなものであるか”ということの、2軸で整理するとわかりやすくなります。
まず、グループウェアなどのいわゆる情報系・コラボレーション系と呼ばれるシステムは、一般的にはミッションクリティカルなものではなく、競争力の源泉というわけでもありません。このようなシステムは、最もクラウドコンピューティングの対象となりやすいカテゴリであり、実際、現在あるSaaSはこのカテゴリのものがほとんどです。
ERPなどの基幹系システムは、ミッションクリティカルではありますが、しかし競争力の源泉かどうかといえば、必ずしもそうではありません。このようなシステムは、自社開発からパッケージ利用へと移行が進んでいましたが、昨今ではSaaS型も提供されるようになってきています。サービス数はまだ多くはありませんが、情報・コラボレーション系に続いて、クラウドコンピューティングの対象となりやすいシステムといえます。基幹系のシステムでは、情報を外部に出すことによるセキュリティの問題を危惧する企業もありますが、それもあと数年もたてばあまり気にされなくなると考えています。
ミッションクリティカルであり、かつ競争力の源泉となるシステムといえば、製造業における生産管理システムがその良い例でしょう。このようなシステムは、通信の遅延など、なんらかの問題が生じたとき、企業運営に大きな影響を与えることになるため、クラウドコンピューティングの利用は慎重に検討する必要があります。現実的には競争力の源泉となるシステムは、ユーザ企業が独自で構築していかなくてはならないものとして残ると考えられます。
-国内SIerのクラウド・ビジネスへの取り組みについて教えてください。
国内大手SIerは、SaaSに加え、PaaSやHaaSも構築しています。主に、大企業向けにはHaaS、PaaS、SaaSなどフルサービスで提供し、中小・中堅企業向けにはパートナーベンダーのSaaSを提供することになります。パートナー企業は、SIerのPaaSを活用することで、ゼロからSaaSを展開するより、容易にサービスを開始することができるようになります。
今後は、直接SaaSをユーザに提供する「直営型」のサービスと、PaaS上にパートナーのSaaSを多数並べる「小売店型」のサービスとが市場に並ぶことになると思います。先ほどの国内大手SIerのサービスは、中小・中堅企業向けには「小売店型」の事業モデルとなっています。小売店型のメリットは、提供するSaaSのバリエーションを豊かにし、SaaS同士の連携を柔軟にできることです。ただ、現状ではまだそのような連携は十分ではなく、将来的な課題といえるでしょう。
-中堅中小企業におけるクラウドコンピューティングの導入メリットは何ですか?
まずは、導入コストを抑えられることが一番のメリットといえるでしょう。これまでは、多額のイニシャルコストが必要となり、資金の固定化が負担になりがちでした。クラウドコンピューティングでは月額料金として支払いができることから、財務面で余裕が少ない中堅中小企業でも導入しやすく、キャッシュフローの改善にもつながります。また、専門のエンジニアなしで運用できること、保守管理コストを削減できること、アプリケーションの新バージョンを速やかに利用できること、Web経由でどこでもアクセスできることが一般的なメリットとして挙げられています。さらに、導入期間を短縮できることや、利用したい期間だけピンポイントで利用できるというスケーラビリティメリットも考えられます。
これらは中堅中小企業だけではなく、大手企業のメリットとしてもいえることです。現状では、まだ中堅中小企業での導入が進んでいるとはいえませんが、サービスとしては中堅中小企業向けのものが多く提供されております。認知度が高まってくれば、今後利用は確実に進むと思われます。
-Bizma!読者へのメッセージ 最後に、クラウドコンピューティングの利用を考えている中堅中小ユーザ企業へ、メッセージをお願いいたします。
クラウドコンピューティングはまだ始まったばかりで、本格的にサービスが提供されるのはこれからです。GoogleやSalesforceがサービス展開を開始している今日、各パッケージベンダやSIerもクラウドコンピューティング形態のサービス提供を始めなければならない状況となってきました。恐らく、もう一年も経てば多彩なサービスが市場に現れることでしょう。
クラウドコンピューティングは海外ベンダが先んじている分野ですが、今後は日本のベンダによって日本の商習慣にあった製品も提供されるようになると思われます。経済産業省によるJ-SaaSの提供も始まり、大手SIerもプラットフォームを構築してSaaSベンダを募ってサービスを開始しようとしています。景気の影響もあり、特に中堅中小企業では月額料金で支払いができるサービスにはニーズがあるはずです。今後、提供されるクラウドコンピューティングのラインナップに注目し、自社に合ったものを検討してはいかがでしょうか。










